宮崎地方裁判所 平成11年(ワ)452号 判決 2000年7月21日
原告
河野誠
右訴訟代理人弁護士
荒竹純一
同
町田弘香
同
木下直樹
同
松井清隆
同
泊昌之
同
松村昌人
同
蓮見和也
同
松尾慎祐
同
上田直樹
同
久保健一郎
被告
株式会社宮崎日日新聞社
右代表者代表取締役
長友貫太郎
右訴訟代理人弁護士
冨永正一
主文
一 被告の平成一一年六月一六日開催の定時株主総会における第五八期(平成一〇年四月一日から平成一一年三月三一日まで)の貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案を承認する旨の決議及び退任取締役に対する退職慰労金贈呈を承認する旨の決議を取り消す。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、被告の株主である原告が、平成一一年六月一六日に開催された被告の定時株主総会(以下「本件総会」という。)の招集手続及び決議方法に瑕疵があったとして、本件総会で承認された各決議(第五八期の貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案を承認する旨の決議並びに退任取締役に対する退職慰労金贈呈を承認する旨の決議、以下あわせて「本件各決議」という。)の取消しを求めた事案である。
一 原告の主張
1 本件総会の招集手続における違法
(一) 株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「監査特例法」という。)二三条一項、二項、商法二八一条一項によれば、被告の取締役は、定時株主総会の会日の五週間前までに、貸借対照表、損益計算書、営業報告書、利益金処分案(以下あわせて「計算書類」という。)を監査役に提出する義務を負い、さらに、計算書類を監査役に提出した日から二週間以内に計算書類の附属明細書を監査役に提出する義務を負う。
しかし、被告の取締役は、附属明細書を作成せず、これを監査役に提出する義務に違背した。また、被告の取締役は、損益計算書と題する書類を作成しているものの、その内容は全く明細を付さない形式的なものであり、商法の要求する損益計算書とは評価できない。被告の監査役は、監査報告書を作成し、計算書類等の監査をしたような外観を取っているが、附属明細書の監査を欠く以上、実体としては商法の要求する監査とは評価できない。
(二) 監査特例法二三条四項、商法二八一条一項によれば、被告の取締役は、計算書類等及び監査報告書を定時株主総会の一週間前から五年間本店に備え置く義務を負い、株主から請求があればこれらの書類を閲覧させ、株主に費用を負担させた上でその謄本又は抄本を交付する義務を負う。
原告は、平成一一年五月二四日、被告に対し、本件総会の準備のために、被告の定款及び株主名簿、過去一〇年分の株主総会議事録、過去五年分の①貸借対照表、②損益計算書、③営業報告書、④利益金処分案、⑤①から④までの附属明細書、⑥監査報告書のそれぞれの閲覧及び謄写又は謄本の交付を請求したが、被告は何ら正当な理由なく原告の右請求を拒んだ。
また、被告の取締役は、前記のとおり附属明細書を作成しておらず、計算書類及び監査報告書についても法令に定められた期間に本店に備え置くことを怠った。
(三) 被告の取締役の以上の義務懈怠は、商法二八一条、監査特例法二三条に反する違法な行為であり、このような法令に反した招集手続に基づいて開催された本件総会の招集手続は違法である。よって、本件総会において承認された本件各決議は取り消されるべきである。
2 本件総会の決議方法における違法
(一) 説明義務違反
被告の取締役及び監査役は、総会において株主が説明を求める事項について説明する義務を負い、会日より相当の期間前に書面により説明を求める事項について通知したときは調査を要することを理由として説明を拒むことはできない(商法二三七条の三)。また、事前に通知した質問中、説明のなかった事項又は説明が不十分であった事項について、改めて質問をしようとしている株主の質問の機会を奪った場合には取締役及び監査役の説明義務の懈怠となる。
原告は、被告に対して、事前に説明を求める複数の事項について通知していたところ、被告は本件総会において一括して回答したものの、その中には全く説明されていない事項があり、他の説明内容も全く不十分であった。
そこで、原告はさらに補足の質問をしようとしたが、取り上げられなかった。
このような取締役及び監査役の説明義務違反は、決議の方法が法令に違反したものとして本件各決議の取消原因となる。
(二) 修正動議の無視
株主総会において株主から動議の修正がなされ、議長がこれを無視した場合には、決議の方法が著しく不公正な場合に当たり株主総会決議の取消原因となる。
原告は、被告に対して事前に通知していた利益金処分案に関する動議について、本件総会においてその修正を求めたが、議長はこれを一切取り合わず議事を進行させた。
また、原告は、被告に対して退職慰労金の額についても修正動議を提出する予定であることを事前に通知していたにもかかわらず、議長はこれを無視した。
以上のとおり、本件総会においては、株主から修正動議が提出され又はされようとしたにもかかわらず、議長がこれを無視して議事を進行させたのであるから、決議の方法が著しく不公正な場合に当たり、本件各決議の取消原因となる。
(三) 本件各決議の決議方法には以上のような瑕疵があり、本件各決議は取り消されるべきである。
3 裁量棄却について
本件総会における招集方法又は決議方法の瑕疵は非常に重大なものであり、決議に影響を及ぼすことは明らかであるから、商法二五一条における裁量棄却の対象とならない。
二 被告の主張
1 被告は、資本金一億円以下かつ負債総額二〇〇億円以下のいわゆる小会社である。
2 本件総会の招集手続について
(一) 原告は善意かつ健全な株主ではなく、原告からの計算書類等謄本交付請求に対してその使用目的を明らかにするよう求めた被告の対応は正当である。
(二) 被告は、本件総会に先立ち、計算書類及びそれぞれの附属明細書を作成していた。
被告は、毎期毎に法令の要求する附属明細書を作成しており、右書面は原告から計算書類等の謄本交付請求があった当時も被告会社に存在した。
被告は、これまで本店に備え置いてある計算書類等の閲覧を請求された経験がなく、附属明細書については閲覧に供するための整理判別がされていなかった。そのため、被告は附属明細書について閲覧に供するための備え置きをしなかったというだけである。
被告としては、原告からの事前質問状の中で、「資本及び準備金の増減、取締役、監査役及び株主との間の取引、固定資産税の処分」についても触れるため、原告が附属明細書を閲覧したのと同様の結果が得られるものと考え、原告からの請求に対し、営業報告書(五期分)、株主総会議事録(五期分)、株主名簿の各写を送り、株主の閲覧に供するため本店に備え置いてある書類は以上である旨回答したものである。
なお、取締役が株主の閲覧用に附属明細書を備え置かなかったとしても、計算書類について総会の承諾を得られない危険を負担したまま総会に臨まなければならないだけで、総会の招集又は決議の瑕疵ということにはならない。
3 説明義務について
原告が被告に対して質問状を送付してきたことは認める。質問は会日より相当の期間前にする必要があるところ、被告に右質問状が到達したのは平成一一年六月一四日であり、会日(同月一六日)より相当の期間前ではなかった。したがって、被告には限られた調査期間しか与えられなかったが、被告は鋭意調査し、株主総会において誠意を持って回答した。
4 修正動議について
原告の修正動議は、本件総会の議事の進行を妨げてなされたものであり、議長はこのような修正動議についてまで取り上げる義務はない。
5 本件総会の適法性
本件総会おいては、原告の申立てに基づき、宮崎地方裁判所によって検査役が専任されている。右検査役の調査結果において、総会の招集手続及び決議方法に違法性のないことが確認されており、本件各決議の取消事由は存在しない。
第三 当裁判所の判断
一 計算書類等の備置義務違反について
1 原告が被告の株主であることは当事者間に争いのない事実であり、甲一二によれば、被告は、資本の額が一億円以下かつ負債の合計額が二〇〇億円以下のいわゆる小会社(監査特例法二二条一項)であることが認められる。
2 被告の取締役は、本件総会の一週間前から五年間、株主及び債権者の閲覧に供するため、被告の計算書類、それぞれの附属明細書及び監査報告書を被告の本店に備え置く義務を負うところ(監査特例法二三条四項、商法二八一条一項)、附属明細書については、これを本店に備え置いていなかったことは当事者間に争いがない。
3 商法二八一条一項に定められた計算書類等を本店に備え置くことは、定時株主総会招集手続の一環として定められた法令上の義務(監査特例法二三条四項)であって、その趣旨は、株主に計算書類等をあらかじめ閲覧させることによって、これを承認するか否かを検討した上で総会に出席することを可能にさせ、株主の総会出席権及び議決権を実質的なものにすることにあると解される。商法は、取締役が法令の規定に反して会社又は第三者に損害を与えたときは、会社又は第三者に対する損害賠償責任を負うことを定め(商法二六六条の第一項、同条の三第一項)、かつ、監査特例法は、取締役が計算書類等の備置を怠ったときは、一〇〇万円以下の過料の制裁を科すなどの制裁規定を置き(監査特例三〇条一項六号)、取締役に対して法令に定められた手続を遵守することを強く要請している。
よって、本件総会の招集手続には法令に定められた手続に反した違法があるところ、前記のとおり、計算書類等の備え置きが法令上の義務として定められた趣旨に照らせば、このような招集手続の瑕疵は軽微なものとはいえず、本件総会の招集手続には看過できない違法があるといわざるをえない。
したがって、このような違法な招集手続によって召集された本件総会において承認された本件各決議は取り消されるべきである。
4 なお、被告は、取締役が附属明細書を本店に備え置くことを怠ったとしても、計算書類等を総会で承認されない危険をおかして総会に臨まねばならないだけのことで決議取消の原因とはならない旨主張する。しかし、このように解すると、総会において結果的に多数の株主からの承認を得られさえすれば、手続きの瑕疵は一切問わないということになり、総会における株主の議決権を実質的なものとするべく株主に事前に十分な情報を与えるために定められた制度の趣旨を無視するに等しいというべきであり、右主張を採用することはできない。
また、本件決議の取消の訴えを商法二五一条によって棄却することは相当ではない。
二 以上によれば、原告の主張する他の取消原因について検討するまでもなく、本件総会において承認された本件各決議は本件総会の招集手続の瑕疵によって取り消されるべきであるから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・横山秀憲、裁判官・小田靖子、裁判官・新谷祐子)